江戸の豪商から財閥に発展した三井家は、日本や東洋の優れた美術品を収集したことで知られています。芸術家の支援にも熱心で、特に円山応挙ら円山派とは深い親交がありました。そんな三井家に、芸術で優れた才能を発揮した人がいたのをご存じでしょうか。
三井財閥の基盤を築いた三井高福(1808~85)は、応挙の弟子から絵を学びました。応挙の作品を模写した「海辺群鶴図屛風」は最晩年に描いた屛風の大作です。
浜辺にたたずむ鶴の首元の毛はもこもこしていて、風切り羽は毛羽立っているようにみえます。複雑なリズムで波打つ描写は今にも音が聞こえてきそうです。
細やかな筆致や色使い、質感の描き分けを見ると、円山派の写実的な表現を高い技術で身につけているのが分かります。
高福は78歳だった1885年秋にこの作品を完成させ、12月に世を去りました。死が迫る直前に注いだエネルギーの大きさが感じられて、明治維新の動乱から三井家を立て直した高福の集大成のようにも思えます。
独自性を加えて商売に新たな価値を生み出した三井家らしい気質を体現しているのが、応挙の作品を元にした「牡丹孔雀図剪綵」です。
応挙に憧れた高福が、リアルで立体的な表現を実現するために用いたのが「高福剪綵」。中国伝来の切り絵などに高福が創意工夫を凝らした手工芸で、三井家の秘伝になっています。
紙に描いて切り抜いた輪郭線に、金泥を塗って金糸のように仕立てるのは高福のこだわり。輪郭線の裏に繻子などの布を貼って色や立体感を表していますが、クジャクの羽根は、色みや質感が違う布が幾重にも貼られ、呉服商だった三井家ならではの表現になっています。
現在は開催中の企画展「花と鳥」にちなんで入り口に飾ってあります。当館の顔といえる作品です。
(聞き手・佐藤直子)
《三井記念美術館》 東京都中央区日本橋室町2の1の1三井本館7階。午前10時~午後5時(入館は30分前まで)。原則月曜日と展示替え期間は休み。1200円。2点は「花と鳥」展(9月7日まで)で展示中。ハローダイヤル(050・5541・8600)。
三井記念美術館
![]() 主任学芸員 海老澤るりは えびさわ・るりは 2011年から現職。専門は日本彫刻史。 24年度特別展「バーミヤン大仏の太陽神と弥勒信仰」、特別展「円空仏」などを担当。 |